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2005年12月22日 (木)

シリーズ南武線 第一回

私は、JR南武線平間駅を最寄とする不動産屋に勤めております。平日は、電車で通勤しております。今まで、東急東横線に次いで利用している路線です。

そこで、今回から南武線について4回に分けて、書いていきたいと思います。

現在のJR東日本南武線は、川崎駅-立川駅間の本線と、尻手駅-浜川崎駅間の支線があります。他にも貨物線がありますが、今シリーズは旅客営業線を主体に書いていきます。

まず、南武線の名称の由来ですが、「武蔵の国の南を走っているということ」で、”南武線”と名づけられました。よく、【南部線】と書き間違えられることがありますが、名前の由来を考えると納得して頂けると思います。

南武線の敷設の目的は、多摩川の川原で採取した砂利の運搬が目的で、私鉄として開業しました(南武鉄道)。

まず、昭和2(1927)年3月9日に、川﨑駅-登戸駅間が開通しました。また、同時に矢向駅-川﨑河岸駅間(貨物線)も開業しました。この南武鉄道は、開業当初から電化されていて、電車が1両で走っていました。

昭和2(1927)年11月1日には、登戸駅-大丸駅(現・南多摩駅)間が開通しました。

昭和3(1928)年12月11日には、大丸駅-屋敷分駅(現・分倍河原駅)間が開通しました。

昭和4(1929)年12月12日には、屋敷分駅-立川駅間が開通し、本線が全面開通しました。

また、昭和5(1930)年3月25日には、尻手駅-浜川崎駅間が貨物線として開業しましたが、同年5月10日からは旅客営業も開始しました。

つづきは、”シリーズ南武線 第二回”へ

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コメント

ふ~ん、そうだったんですか。
いつも勉強になります!

昭和2年当時は、武蔵の国を基準に発想してるんですね。
今なら、川崎の北だから”川北線”とか、川崎~立川を結ぶ”川立線”とかだったのかも・・・・・・

成り立ちが、私鉄だから”南武鉄道”と命名したと思います。

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