私が勤めている会社のHP

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2005年12月

2005年12月30日 (金)

来年は、1月10日から営業します

私は、JR南武線平間駅を最寄とする不動産屋に勤めております。

当社は、本日(30日)で実質的に本年の営業を終了とさせて頂きます。実は、明日31日の午前中までは、事務所の掃除で出勤です。

本年も大変お世話になりまして、誠に有難うございます。

来年は、1月10日から営業させて頂きます。来年も本年同様、宜しくお願い申し上げます。

個人的には休業期間中もブログを書くつもりですが、本日の記事は当社の冬期休業期間のお知らせの意味を含めた記事ですので、当社HPや川崎中支部へのトラックバックは、本年を最後として来年の営業日開始日以降からまた、トラックバックをしたいと存じます。

来年も、このブログ・当社HPを宜しくお願い申し上げます。

2005年12月27日 (火)

今年の思い出、そして来年は?

私は、JR南武線平間駅を最寄とする不動産屋に勤めております。2005年もあと5日です。また、同じ業界の不動産屋さんは明日から年末年始のお休みに入る業者様もいらっしゃると思いますので、ひとまずこのブログで皆様にお世話になったお礼を書きたいと思います。

このブログタイトルである”裏番長日記”の裏番長には、昨年は1ヶ月に一度の変身でしたが、今年は4月からは毎週のように変身していました。また、【月一会】・【Victory 丸子会】として仕切らせて頂きました。いつも皆様、大勢揃って頂きまして有難うございます。嬉しかったです(一度も番長便を発送する事もなく)。

そして、6月11日からこのブログを始めました。私にとっては今年一番のヒットであり、今まで、同じ川崎中支部で名刺交換したことのない同業者の方々と、多く知り合いになることが出来ました。もちろん、同業者以外の多方面の方々ともブログを通じて会話できることが出来ました。今までの狭いそして偏った考え方が、ほんの少しは改善されたかなぁと思います。

11月上旬からは当社HPが稼動しました。先日このブログで、「ヤッター!! 第一号」を書きましたが、これが来年は軌道に乗せたいと思います。来年初頭には駐車場もHPにアップします。

まずは来年も変わらずに”裏番長”に変身するでしょう!!(本音は来年は誰かが仕切ってくれないかなぁと思っています)。そして、ブログは続けていきます(正直、ネタがないですが)。

最後になりましたが、今年は本当にお世話になった方がいらっしゃいます。それは、”清原田様”です。公私、特に『私』としてお世話になりました。このブログで再三コメント・トラックバックを頂いておりますし、記事として書いた時もあります。私は、清原田様との”夜のトレーニング”が楽しかったです。また、お互いに楽しめたと思っております。来年も”夜のトレーニング”は続けるでしょう。

皆様、今年も大変お世話になりました。体調には、十分気をつけて下さい。そして、来年もお会いできることを楽しみにしています。

2005年12月25日 (日)

シリーズ南武線 最終回

最終回として、南武線の現在のデータと未来について書きます。

  • 川崎駅-立川駅間 35.5km 本線 25駅(起終点駅を含む)
  • 尻手駅-浜川崎駅間 4.1km 支線 4駅(起終点駅を含む)

川﨑方面行きを上り列車として、6両編成で全てステンレス車輌であり、各駅停車で運転されています。

朝の8時台(武蔵中原駅以降の上り列車を基準)は、2~3分間隔で駅に到着してます。平日の日中は、12分間隔で憶えやすいと思います。

駅間の距離は平均1.47km。尻手駅-矢向駅、向河原駅-武蔵小杉駅、府中本町駅-分倍河原駅の以上3駅間は、0.9kmで一番短い駅間距離です。一番長い駅間距離は、分倍河原駅-谷保駅間の2.8kmですが、途中に新駅(仮称、西府駅)が2008年度中に開業予定です。

支線は、2両編成のワンマン運転です。日中は1時間に1、2本です。

JR東日本発表の2004年度の1日の各駅乗車人員によりますと、川崎駅が160,227人。立川駅が147,809人。両駅とも東海道線や中央線などの乗換駅ですので、乗換駅を除いた乗車人員で比べると下記のようになります。

  1. 武蔵中原駅 29,916人
  2. 武蔵新城駅 27,836人
  3. 鹿島田駅   15,942人
  4. 平間駅    13,748人
  5. 中野島駅   13,488人
  6. 矢向駅    13,257人
  7. 久地駅    12,254人
  8. 尻手駅    10,733人
  9. 向河原駅   10,513人

平成22(2010)年度の完成予定で、稲田堤駅-府中本町駅間の高架工事が行われています。また、平成21(2009)年度には横須賀線に武蔵小杉駅が開業予定で、南武線の武蔵小杉駅と連絡通路で結ばれる予定です。

以上、4回にわたり南武線の今昔物語風に大まかに書いてきました。有難うございました。

2005年12月24日 (土)

ガラスが割られた!!

私は、JR南武線平間駅を最寄とする不動産屋に勤めております。

本日、当社元付けの空物件の前でお客様と、その方を紹介して頂きました業者様と待ち合わせて、貸室の内見をしました。玄関の鍵を開けて部屋の中に入ってカーテンをあけたら、ビックリ!!!

DSCF0002

ガラスが割られていました。貸主様が壁や畳などが日焼けしないように、窓の全てにカーテンをして頂いている部屋です。泥棒は、外からでは空室かどうかわからなくて、とりあえずガラスを”クレセント”(サッシの鍵)が解除できる程度に割って、窓を開けられるようにしたと思います。実際、窓を開けても部屋の中には何もないので侵入した形跡はありませんでした。

ところで、せっかくお客様をご案内したのに、まずいことになってしまいました。同じ建物内で同じような間取りの空室がありましたので、紹介して頂きました業者様の手助けもあって、「そちらの部屋で検討して頂ける。」ということでした。

皆様、防犯をしっかりして下さい。

また、つい最近ですが防犯についてのブログを始めた方がいらっしゃいますので、その方のブログも見て下さい。”ガラス屋三代目の防犯日記”

シリーズ南武線 第三回

前回、”快速”電車の運行開始と廃止について書きましたが、運行開始と廃止についてはもう一つ理由があるそうです。

快速電車が走る前(昭和44年)は、電車の車体が茶色一色に塗られた電車が走っていました。通称「チョコ電車」や「かりんと電車」と呼ばれていた車輌でした。それが、オレンジ色一色に塗られた電車を走らせるために、”快速”と特別扱いをしたそうです。しかし、その茶色一色に塗られた車輌は旧型車であり、老朽化も目立ってきましたので、オレンジ色やカナリヤ色に塗られた電車(中央線や総武線)への取り替えが完了したのが昭和53年でしたので、”快速”という特別扱いもすることもなくなり、また性能が新型車(当時)となり、全体でスピードアップしたので”快速”が廃止されました。

昭和47(1972)年5月25日に、矢向駅-川﨑河岸駅間が廃止されました。最初に開通した区間で当初の目的である多摩川の砂利輸送のための区間でした。

時が経ち、茶色の「チョコ電車」を南武線から追い出した車輌が今度は、平成元(1989)年から現在も走っているステンレスの車輌に徐々に替わることになり、平成16(2004)年に全てステンレスの車輌となりました。

なお、南武支線は貨物列車が主体の路線で旅客列車は2両編成で、昭和63(1988)年3月31日からは、当時としては首都圏で初めてのワンマン運転(運転手だけ)となりました。

次回は、”シリーズ南武線 最終回”

2005年12月23日 (金)

シリーズ南武線 第二回

私鉄でスタートした南武鉄道ですが、昭和19(1944)年4月1日に、国に買収され国鉄となりました。当時は、運輸通信省の所管でしたので、国有の鉄道を”省線”と呼んでいた時代でした。私鉄時代には、駅名に企業名等を使っていましたが、国有化と同時に改称した駅がいくつかあります。

  • 久地梅林駅→久地駅
  • 日本ヒューム管前駅→津田山駅
  • 日本電気前駅→向河原駅 尚、昭和15(1940)年8月5日には、向河原駅から日本電気前駅に改称した経歴がありましたが、元の駅名に戻ったということです。

昭和4(1929)年3月20日に川崎駅-矢向駅間が複線化され、小刻みに複線化を延ばしていき、昭和41(1966)年には全線の複線化(立川駅構内は単線のまま)されました。

また、初期の開通から矢向駅が車庫としてありましたが、昭和35(1960)年に新たに武蔵中原駅が南武線の車庫となりました。なお、矢向駅の車庫跡地は、現在も南武線電車の留置線として利用されています。

昭和44(1969)年12月15日から、川崎駅-登戸駅間に途中、武蔵小杉駅・武蔵溝ノ口駅の2駅だけしか停車しない”快速”電車が走り出しました。しかし、1日6往復で日中だけの運転。さらに、1時間に1本で、途中の武蔵中原駅だけで各駅停車の追い越しのため、不評だったそうです。そのため、昭和53(1978)年10月2日に”快速”電車は廃止されました。

つづきは、”シリーズ南武線 第三回”へ

2005年12月22日 (木)

ヤッター!! 第1号

今朝、出社していつものようにパソコンを立ち上げメールの確認をしたところ、当社HP経由で初めて、メールでの問い合わせがありました。現在、海外赴任中の方からで、来年4月1日付で帰任するというお客様です。

そして、Yahooで「賃貸」・「平間」と検索して頂き、当社のHPにたどり着いたそうです。当社HPからのお客様は第一号です。また、「物件の良い点と悪い点を明確に説明されていたから、メールでの問い合わせをさせて頂きました。」ということです。実際には、来年の話ですし実績ということではないですが、当社のHPを誰かは見て頂いているいうことが確認できました。

非常に嬉しいですし、自信にもなります。

当社のHPは、”清原田様”に製作をお願いしトップページに電光掲示板のようなツールをつけてもらいました。そこには、以下の文章を表示するように私自身でどんどん文章を付け加えていきました。

「ワンルーム、1K、1DK、2K、2DK、3K、3DK、木造、軽量鉄骨造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造で賃貸アパート、賃貸マンション、貸家、貸店舗、月極駐車場、貸事務所等、不動産のことなら、ステンレス車輌で6両編成の205系、209系が走っているJR東日本南武線川崎駅・平間駅・向河原駅周辺、幸区戸手、中原区上平間、中原区田尻町、中原区北谷町、中原区市ノ坪、中原区中丸子、中原区下沼部等の町内。玉川保育園、川崎市立玉川小学校、川崎市立玉川中学校、川崎市立平間小学校、川崎市立平間中学校の学区内で賃貸物件、賃貸住宅をお探しならJR南武線平間駅の一つしかない改札口を出て左の交差点(ガス橋通り沿い)の角にある藤行住宅(フジユキジュウタク)までお待ちしております!。お客様用駐車場もご用意しておりますので、お車でのお越しもお待ちしております!。多摩川や二ヶ領用水等、水辺が豊富で、散歩等に適した地域です。JR東日本南武線平間駅から東急東横線・目黒線の乗換駅の武蔵小杉駅までは4分。東急東横線は田園調布、自由が丘、渋谷方面の上り線。下り線は、日吉、綱島、菊名、横浜、みなとみらい線と相互直通運転によりみなとみらい、馬車道、元町・中華街へ。東急目黒線は、田園調布、大岡山、目黒を通過し、東京メトロ南北線、埼玉高速鉄道、都営地下鉄三田線との相互直通運転で都心へも大変便利です。また、JR南武線平間駅からJR東日本横須賀線の新川崎駅まで自転車で約10分。新川崎駅からは、下りは横浜、戸塚、大船、鎌倉、逗子、横須賀、久里浜方面。上りは、品川、東京、錦糸町、津田沼、千葉、成田、木更津、茂原方面。さらに、湘南新宿ラインを利用すると、東海道線方面や渋谷、新宿、池袋、大宮から東北線方面や高崎線方面へも利用可能です。JR南武線には、鹿島田駅は東芝、平間駅はキヤノン、向河原駅はNEC、武蔵中原駅は富士通などの企業へも便利な路線です。JR南武線の川崎市内全駅に川崎信用金庫の店舗(出張所も含む)もあります。」

思いついた度に、書き加えていきました。1ヵ月半での積み重ねです。物件の充実はもちろんですが、自分で改造できるところはどんどんとやっています。

とにかく、HPで実績を上げたく努力している最中ですし、今回の問い合わせは私にとって勇気づけてくれました。「これからも、頑張っていこう」という気持ちになりました。

シリーズ南武線 第一回

私は、JR南武線平間駅を最寄とする不動産屋に勤めております。平日は、電車で通勤しております。今まで、東急東横線に次いで利用している路線です。

そこで、今回から南武線について4回に分けて、書いていきたいと思います。

現在のJR東日本南武線は、川崎駅-立川駅間の本線と、尻手駅-浜川崎駅間の支線があります。他にも貨物線がありますが、今シリーズは旅客営業線を主体に書いていきます。

まず、南武線の名称の由来ですが、「武蔵の国の南を走っているということ」で、”南武線”と名づけられました。よく、【南部線】と書き間違えられることがありますが、名前の由来を考えると納得して頂けると思います。

南武線の敷設の目的は、多摩川の川原で採取した砂利の運搬が目的で、私鉄として開業しました(南武鉄道)。

まず、昭和2(1927)年3月9日に、川﨑駅-登戸駅間が開通しました。また、同時に矢向駅-川﨑河岸駅間(貨物線)も開業しました。この南武鉄道は、開業当初から電化されていて、電車が1両で走っていました。

昭和2(1927)年11月1日には、登戸駅-大丸駅(現・南多摩駅)間が開通しました。

昭和3(1928)年12月11日には、大丸駅-屋敷分駅(現・分倍河原駅)間が開通しました。

昭和4(1929)年12月12日には、屋敷分駅-立川駅間が開通し、本線が全面開通しました。

また、昭和5(1930)年3月25日には、尻手駅-浜川崎駅間が貨物線として開業しましたが、同年5月10日からは旅客営業も開始しました。

つづきは、”シリーズ南武線 第二回”へ

2005年12月19日 (月)

日常の仕事20

私は、JR南武線平間駅を最寄とする不動産屋に勤めております。

すげぇ、寒い~~!!

私は、物件の写真撮影等、普段はほとんど自転車で走り回っています。しかし、冬はいくら厚手の上着を着込んでも、手の指先などから寒さが伝わってきます。訪問先で、何か書類を書かないといけない場合がありますので、このような時に手がかじかんでしまうと相手の方にもご迷惑を掛けてしまいます。ですので、特に自転車で出掛ける時は手袋が必要です。軍手では、編み目から風がピュ~ピュ~入ってきて、ダメです。毛糸の手袋も同様です。防寒のしっかりした手袋ではないと。

自転車に乗らなくても、朝の出勤時にも手袋は必需品です。手をポケットに入れて背中を丸めてダラダラ歩くより、両手を振って歩けば駅に着く間にだいぶ体の動きが良くなっているような感じがします(気持ちも少しはシャッキとします)。

ウォーキングおやじ様も朝歩かれるときは、手袋をしているのでしょうか?。

2005年12月16日 (金)

ネコを発見

昨日撮影しましたが、ブログにアップするのを忘れてしまいました。柵があったので近づけませんでしたが、首輪に鈴が付いていたので、飼い猫でしょう。

051215

2005年12月15日 (木)

証人喚問で感じたこと

昨日は、仕事でしたので生中継を見ることは出来ませんでしたが、いつも感じることですが、”証人喚問”は国会議員のパフォーマンスしか思えません。「我々国会議員も国民のためにこのような問題に取り組んでいますよ。」としか、感じません。

”証人喚問”は確かに必要です。党の議席数によって時間が配分されて、それぞれの党所属議員が1人での方式は、核心の追及も難しいし臨機応変に対応できないと思います。各議員が用意した質問やご自分の考えをしゃべることだけで、十分満足しているような感じがします。また、重複しているような問いもあります。

一人一人ではなく2,3人でタッグを組んでいけば、質問をしていない議員は相手の答弁に注視して、その答弁に対する質問をすれば、核心までの追及も出来るのではないかと思います。

また、先日のみずほ証券による株の大量発注ミスで利益を得た証券会社各社が、その利益を返上するということが明らかになりました。基金や財団などの寄付はもちろんいいと思いますが、今回の耐震偽造問題の被害者の方々へ寄付するということのほうがいいのではないかと思います。

いろいろと書きましたが、この記事は私が自分勝手に思っていることですので、不快に感じた方々には大変申し訳なく存じます。

2005年12月13日 (火)

投稿記事数200

このブログを見に来て頂いている皆様、いつも有難うございます。

記事数が”200”となりました。

くだらない記事にいつもお付き合い頂きまして、本当に有難うございます。

2005年6月11日から始めて、約半年経ちました。ブログを始める前は、投稿するような記事は書けないと思っていましたが、始めてみると書くことがいっぱいありました。また、皆様からのご質問を記事として投稿させて頂きました。皆様に、育てられました。感謝の気持ちでいっぱいです。

これからも今までのスタンスで、くだらない記事・「裏番長」や「宣伝マン」に変身した記事等、書き続けていこうと存じます。

皆様、これからも何卒宜しくお願い申し上げます。

2005年12月12日 (月)

質問(線路)への回答2

2005年10月31日に、”ウォーキングおやじ様”から【線路の伸縮】について質問を頂きました。前回に続いて、回答が遅くなりまして申し訳ございません。

レールは、真夏の炎天下だと70度ぐらいになるそうです。約1000メートルのロングレールだと、気温が20度の時と比べると約5cm伸びるそうです。そうすると、線路の継目(つなぎめ)を約10cm空けておけばいいと思いますが、冬のように温度が低くなると逆にレールは縮みます。夏を基準にして10cm空けておくと、冬には継目が拡がり振動や騒音が激しくなってしまいます。また、レールをより長くすれば伸び幅がより大きくなると考えられていて、ロングレールは適さないとされていました。

しかし、レールをしっかりと枕木に固定し、さらにその枕木をしっかりと固定すると、より長いロングレールにしても伸縮の累積はあまりないそうです。この実験結果により、振動や騒音の軽減、また乗り心地の向上になるということで、ロングレールが採用されるようになりました。

そして、ロングレールの端は今までのように、レール同士を合わせるような継目ではなく下の写真のように、『伸縮継目』(しんしゅくつなぎめ)という仕組みが開発されました(東急東横線武蔵小杉駅下りホームから)。

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左右の線路同士が、伸縮する時はスライドするような仕組みとなっています。在来線は、どこの鉄道会社もほぼ同じ構造です。

2005年12月10日 (土)

質問(枕木)への回答

2005年11月6日に”nikoniko40様”から、【枕木】についての質問を頂きました。大変遅くなりまして申し訳ございません。

まず【枕木】とは、レールを2本平行に敷設しその下にレールに直角になるように、枕木を敷いて2本のレールを支えるものです。 そして、枕木の間にはバラスト(石)を敷き詰めます。文字通り、昔は木製でした。樫やクリ等の硬い木を使用しましたが、寿命が平均7,8年程度です。また、狂いやすいこともデメリットです。そのため、コンクリート製や最近はガラス繊維を使用した強化プラスチック製の枕木も使用され始めました。

コンクリート製は寿命が木製に比べて3倍から4倍ほど長いですが、重量があり建設費も高いです。そこで、ガラス繊維を使用した枕木は、木製の枕木と同じ位の重量と、コンクリート製と同程度の耐久性を備えたものも開発されました。

しかし、まだ木製の枕木は使用されています。重量が軽いため鉄橋にも使われています。それが、下の写真です。

2 

そして、寿命となって鉄道の線路に使用されなくなった木製の枕木は、下の写真のようにある敷地の境界の柵に使用されたりしています。

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2005年12月 8日 (木)

まじめな写真を掲載しました

プロフィールに、今までは変わった写真を掲載していましたがこの度、私の宅地建物取引主任者証の更新時期が近づいてきましたので、先日証明写真を撮りました。

その写真をスキャナで読み込み、この度トップページにUPしました。

昼間の気が小さく、無口で、人見知りをする、おとなしい顔です。

2005年12月 7日 (水)

世の中、偽造だらけ?

耐震強度偽造問題や偽造医師免許等、世の中偽造だらけ。誰を、信用すればいいのか?。

この記事を書いているのは午前中なので、午後からの耐震強度偽造問題についての参考人質疑では、どういう展開になるのか?。

次に、偽造医師免許については、運転免許証や宅地建物取引主任者証には顔写真を貼り付けていますが、医師免許は何かの賞状や感謝状のような類で、写真は貼っていないそうです。まぁ、写真を貼るような証明書でも偽造は出来てしまいますが。

国は、もう”性善説”(人の性質は生まれつき善であるという意味)ではなく、”性悪説”を基本にして、法律などを制定しないといけなくなってきたと思います。これは、国会議員や地方議員、国家公務員や地方公務員等を含めた、日本国民及び日本に入国している外国人(国際法があるので難しいかもしれません)、全てを対象に考えなければならないと思います。議員や公務員に対して、特例や対象外ということはやめてほしい。

2005年12月 4日 (日)

昨日は、忘年会

昨日は、神奈川県宅地建物取引業協会 川崎中支部 平間地区の忘年会でした。

D1000001 

  この写真で、挨拶をしていただいている方が、平間地区の地区長であります長谷川様です。皆様お忙しい中、川崎中支部の支部長(写真の一番右 青山様)を始め、約30名ほどの出席でした。2時間を越える宴会となりました。また、ビンゴ大会は毎年恒例となっていますが、今年は新ルールとなり、大変な盛り上がりとなりました。

地区の忘年会終了後は、二次会に出掛けた方々もいらっしゃいました。私も二次会には行きました。

今月は、忘年会の月でもあります。皆様、お体には十分にお気をつけ下さい。

2005年12月 3日 (土)

今日は、宣伝マン

私は、JR南武線平間駅を最寄とする不動産屋に勤めております。今日は【宣伝マン】に変身します(新しい変身技)。

私の勤めている会社は”㈲藤行住宅”です。そして、神奈川県宅地建物取引業協会の”川崎中支部”に所属しております。当社は、初めてHPを持ちました。また、川崎中支部のHPはこの秋にリニューアルというより、別のシステムでの再スタートとなりました。これらは、”清原田様”が製作しましたホームページです。その他にも、清原田様が製作しましたHPがありますので、ここで紹介いたします。また、ブログも開設されていますので、そのブログも合わせて紹介いたします(順不同)。

その他にも、当支部でブログを開設している方々を紹介いたします(順不同)。

また、先日もこのブログで発表しましたが、”ナサネット・トラックバックサイト”も12月1日から稼動しました。

来年の繁忙期に向かって外枠の準備は出来ましたが、ホームページの中身である物件写真の充実などは、私たち自らが努力しなければなりません。会社のHPやブログで、どうにか成果を上げたいと私は、思っております。また、お互いに切磋琢磨して向上していければと思います。

2005年12月 1日 (木)

今年もあと1ヵ月

今年もあと1ヶ月。師走、12月となりました。

皆様、年々1年が経つのが早く感じませんか?。どうして早く感じるのか、昨年あるラジオ番組で話を聞いて、私は納得しました。それは、次のような話でした。

分数の計算です。まず、分子には”1”(1年ということ)。そして、分母にはその年の年齢を書きます。つまり、分母の数字は年々増えていきます。ちなみに、私は今37歳です。

  • 1/ 1=1.00000
  • 1/ 2=0.50000
  • 1/10=0.10000
  •     (省略)
  • 1/37=0.02702
  • 1/38=0.02631
  • 1/39=0.02564
  • 1/40=0.02500
  •     (省略)
  • 1/50=0.02000

というように、 割り算をしてその答えが『1年間と感じがする』、ということです。

例えば、今年(37歳)では1年が0.02702年という感じで経過します。来年(38歳)は、1年が前年より0.00071年速くなり、0.02631年と感じる計算になります。年々答えが0に限りなく近づいていきます(”0”、つまり・・・)。しかし、現実は毎年同じ日数です(うるう年はありますが)。でも、気分的には上のような感じがします。

皆様は、どう思われます?。

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